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2011年10月

Ubuntu11.10でClozure CLを使うときの注意事項

Ubuntu11.10にemacs、slime、Clozure CLをインストールした時のメモ。

Chromium OSをビルドするためにUbuntu11.10の64ビット版をvaio Tにインストールした。
その環境が思いのほか快適だったので、ついでに開発環境としてClozure CLを入れたのだが、SBCLと違って少しつまづいたので、その備忘録を残しておこうと思う。

Ubuntu11.10のソフトウェアセンターからインストールできるslimeは、SBCL用の設定になっているようだ。
また、同じくソフトウェアセンターからインストールできるemacsはslimeが"/usr/share/common-lisp/source/slime"にあることを期待する設定になっている。

そこで、Clozure clを使う場合は、slimeの最新版を持ってきて、"/usr/share/common-lisp/source/slime"に置くのが簡単だ。

あとのemacsの設定は「ありえるえりあ」さんのModern Common Lispシリーズなどを参考にしていけば良いだろう。

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Googleが指し示す未来

Ubuntu 11.10 をvaio T55にインストールした。

今回はChromium OSをビルドするのが目的なので、64ビットを選択した。
無線lan、サウンド、bluetoothともに問題なく動作する。
このあたりは古いマシンの利点だろう。

Chromium OSはGoogleのリポジトリとsyncしてソースからビルド。
マシンのスペックが低いのか、途中で止まってしまったりしたが、なんとか数時間で完了。

次は、できあがったイメージをUSBディスクにコピーして、ターゲットマシンで動作確認だ。

ターゲットはこれまでUbuntuが動いていたdynabook T67だ。

USBからの起動だともっさりしているようなので、ハードディスクにインストールする。しかしあまり速度が変わらないようなのは、ハードディスクが遅いためか。

現在の問題は次の2点。

1. 言語設定が保存できない
2. 音が出ない

1はクラウドとの連携に問題があるらしい。
2はドライバなので地道な対応によるしかない。

さてChromium OSの印象だが、良くも悪くもクラウドコンピューティングの専用クライアントだと思った。

Ubuntu、MacOS、Windowsのいずれとも一線を画するOS。

Chromium OSを搭載したデバイスは、いたるところにネットワークへのアクセス環境が整備され、いつでもネットワークに接続できる世界で使うことを想定したマシンだ。

そんな世界では、データがどこにあるのか、どうやってデータを持ってくるのか、どうやってデータを保存するのかに煩わされることなく、人々はデータの活用に集中しているだろう。

Chromium OSはそんな未来の世界のためのOSだと思う。
今の世界のためのAndroidとは明らかに違う。

それはまさにGoogleが目指す世界だし、AppleがiPhone4sとmacbook airで垣間見せてくれた世界だ。

ということは、Chromium OSが2011年の今、活躍できるのは、ネットワークとクラウドが容易に整備できる限られた環境ということになる。
データ活用に投資できる組織、例えば学校、一部の企業、研究所、そんなところか。

しかし、何かをきっかけに大きく変わるのが最近の世界だ。
来年にはChromium OS搭載マシンが世界を席巻しているかもしれない。










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スティーブ・ジョブズのために

スティーブ・ジョブズさんの訃報を知ったときの喪失感と脱力感は大きかった。
彼はソフトウェアが世界を変えていけることを実際に見せてくれた。

彼の作品と教えは、これからも私の大切な財産でありつづけるでしょう。

ご冥福をお祈りします。

さて、先日発表されたiPhone4Sはハードウェアスペックこそ前バージョンのマイナーチェンジだったが、ソフトウェアには大きな前進があった。

それは音声対話システムを誰にでも使えるものにしたことだ。

音声対話の一般化は、おそらく、コンピュータを誰にでも使えるものに変えてきたアップルの、次の大きなマイルストーンなのだろう。

iPhone4Sに実装されたSiriという音声対話システムは、天気予報、レストラン予約、スケジュール、メールなど、我々の生活を便利にする手助けをしてくれるという。

しかも、公開されているデモ映像をみると、自然な対話が実現されているようだ。

実は今回のSiriと同様のシステムは十数年前に触ったことがある。
それは、当時マサチューセッツ工科大学(MIT)で言語研究の成果として開発されていたGalaxyという音声対話システムだ。

Galaxyは、天気予報、レストラン予約、航空チケット予約のサービスを実装していたと記憶している。

当時のPCは、音声認識、音声合成、対話、GUI、データベース検索の統合システムを実装するには処理能力が低く、GalaxyはSunのワークステーションで動いていた。

Galaxyのサービスにアクセスするには電話を経由していたのだが、今にして思えば、今日のスマートフォンの実現とその一般への普及を、当時の研究者と開発者は想定していたのだろう。

そしてアップルも20数年前にSiriの登場を目指し、そこに至るまでの計画を立て、一歩一歩前進してきたのだとしたら、なんと壮大で素晴らしいことか。

残念ながらSiriは日本語には今のところ対応していないという。
やはり、Galaxyでも日本語の文法と語彙のデータを作成し、音声を除く対話までは実現しつつあったようだ。

英語圏が優先、日本語を含むローカル圏は後回しというのは、いつも感じており、おそらく実際にそうなのだと思う。

日本の経済成長が鈍り、弱体化が明らかになるにつれ、この傾向は顕著になるだろう。

しかし、その傾向を黙って受け入れ、世界で使われているソフトウェアやサービスにすばやくキャッチアップしていく努力を続けなければ、経済的な復活もありえないと思う。

しかし、常に内向きで、内部での権力闘争と保身にばかり頭を使っている、昔ながらの政治家や官僚、大企業が、そんな努力が必要だと気付くことはないかもしれない。

幸い、日本にはまだ起業しようという気概のある人々がたくさんいる。
そして、昔ながらの古い組織にも、世界が見えている人々は多いだろう。

私も、そんな人々とともに戦いたいと思う。

ジョブズ逝去の日は、私にそんな思いを再確認させてくれた一日になった。

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