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評論家と定量データオタクなんて、いらない

■日々の疑問

最近のソフトウェア開発を見ていると、

・プロセス通りにやっていない
・品質データがよくない
・そもそも品質データをとってない

というようなことを、アセスメントや品質保証を業とするソフトウェアの品質向上に関わる人々が、盛んに強調しているのを見かけることが多い。

そしてその後、彼らが、状況を改善するための具体的な何かをするのだろうかと見ていると、何もせずに言いっぱなしになっていることも多い。

自分たちが「問題がある」と評価して、それを改善するように指摘したのなら、言いっぱなしは無責任ではないだろうか?

そして、実際にソフトウェアを作っている人々が、指摘されていることはわかるが、実際に何をしたら良いのかをもっと具体的に教えてほしいと訴えても、アセッサたち(アセスメントをする人々)は抽象的な指摘をするのが仕事で、その指摘を具体化するのは、あなたたちの仕事だといって突き放す。

なるほど。アセッサの言い分もよくわかる。

彼らが言うように、仕事の分担は明確にするべきだし、具体的な指摘をするのはアセスメントの範囲ではないし、そこまでの報酬ももらっていないのだから仕方がない。

しかし、実際のところ、具体的な改善方法がわからないと言っている相手に、そんな正論を唱えても、なんら効果はないし、わざわざ費用をかけて、彼らにアセスメントをしてもらった組織は、まったくの無駄金を使ってしまったことになる。なにしろ、効果がないのだから。

しかし、そもそも、アセッサや彼らにアセスメントを依頼する組織のマネージャ達は、上のような、ソフトウェア開発に本当に必要かどうかわからないことばかりに注目し、とにかくやれ!と開発部隊に強要することに、疑いを持っていないのだろうか?

プロセスがそれほど重要なのだろうか?
品質データをとって、数字の上で議論することが重要なのだろうか?

そんな疑問は浮かばないのだろうか?

評論ばかりで実際に改善効果に結びつかないアセスメントが、本当に費用に見合うものだと信じているのだろうか?

そんな話をソフトウェア開発を業とする友達に話してみたところ、彼は、アセッサも品質保証担当者も、組織のマネージャも、現実のソフトウェア開発に直接には携わっていない人々なので、そういう疑問は浮かばないのだろうと言っていた。

なるほど。

■ソフトウェア開発技術の進歩に管理手法も追いつくべき

確かに、昔のソフトウェア開発には、そういった管理の仕方が適切だった時代があったのだろうし、いまでも特定のドメインではそれが適切かもしれないが、現代的で先進的なソフトウェア開発ではプロセスが最重要ではないし、設計書のレビューに何時間かけたかとか、文書の欠陥をどれだけ見つけたかとか、そんなことは重要ではなくて、どれだけ早く、動くソフトウェアを作るかがクオリティーではないだろうか?

正直なところ、CMMIやSPICEのモデルは時代遅れに感じる。
そして、そのモデルを使って、訳知り顔で評論するアセッサには嫌悪感を感じる。

そして、SQA(ソフトウェア品質保証)を名乗って品質データを集めることを目的化している連中はソフトウェア開発の阻害要因にも感じる。

もちろん、中には、ソフトウェア開発に有益なアセスメントやSQAもあるのだろうが、実際に目にすることが多いのは、最新のソフトウェア開発や技術の進歩に無頓着で、時代遅れな、評論家や定量データオタクだ。

ソフトウェアは常に進歩しているのに、彼らはずっと過去に止まったままだ。

なぜもっとソフトウェア開発技術自体の進歩に気づこうとしないのか?

先の友達いわく。

「だから。彼らは直接、ソフトウェア開発に携わっていないのだから、その進歩に気づかなくて当然なんだよ。」

なるほど。

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